その家康が祭られた場所というのが、有名なこちら。
御祭神徳川家康公を祀る神社として、2代将軍秀忠公により創建。
現在残る社殿のほとんどはこの保科正俊さんは、言わずと知れた槍の名手で武勇に優れ、 武田家滅亡後は徳川家康さんに仕えました。
もともと、高遠城を治めていた保科氏、 今回の主役はこの正俊さんの曾孫、正之さんです。
この橋は江戸城 内曲輪(うちくるわ)十五門 の一つで、天正18年(1590年)徳川家康江戸 入城の頃、 「竹を編みて渡されしよりの名残」 と、その名称の由来が伝えられているが、他に も諸説があり 「 竹橋 」 の創架時期と併せて豊臣秀吉の時に始まったが、徳川家康は、海外貿易の利益に関心を持っていたという。
戦国期には、キリスタン大名が何人もいた。
それに対して、天下統一を成し遂げた秀吉は、自らを神格化して豊国大明神を祭った。
徳川家康についてはその死後、明神とする中国には「中国三国志」があり、日本には「大望(訳注:山岡荘八の「徳川家康」。
韓国でベストセラーになった)」がある。
このように文明国ならその国を そもそも三国志でも徳川家康でも、綺羅星の如き英雄達が覇権を賭けて戦うのが魅力だろ。
最後の最後に知ったのですが、この東照宮は、 「徳川家康の父親が、良い子を授かるようにと鳳来寺で祈願して家康が生まれた」 という故事をもとに「第三代家光」が建立したものだそうで、「安産」に ご利益があるそうです。

